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2011. . 31

何はともあれ・・・。

8月31日(水)

え~と・・・
あまりにも更新するのが久し振りすぎて、一体何から書けば良いのやら・・・?
元々、文章力&表現力の無い私・・・前にもまして日本語にさえ自信がもてず・・・
ブログの更新を試みるも、PCを前にしてしばし途方にくれる



既に1ヶ月以上も経ってしまい、『今更なんだよっ』と思われる事を覚悟しておりますが・・・

前回の記事に温かくもコメントを下さった皆様。
また・・・更新が滞っているにも関らずご訪問下さった方々。
そしてお気遣い下さり、鍵コメや携帯にメール下さいました方々。

『本当に有難うございます。
心よりお礼申し上げますとともに、不義理を致しました事をお詫び申し上げます。』

現在、母はまだ入院しておりますが、やっと退院の目処がついてきました!
多分、来週末くらいには退院できるのでは?と思っております。

やっと少し精神的にも時間的にも余裕が出来てきた感じでございます^^;
そんな訳で・・・
これから少しづつではありますが、今までの分も含めコツコツと更新していけたら!と思っております。

そして・・・
『今更何しに来やがった!帰りやがれっっっヽ(#`Д´)ノ┌┛』
と、お怒りはごもっともだと思います。し・しかし!
・・・どうかそんな事は仰らずに、皆様の処へまたご訪問させて頂く事をお許し下さいませです(T-T )





父の事
CA19-9の数値がとんでもない事になっていた父。
やはりジェムはもう効いてはくれないのか・・・と半ば半分諦めかけていた。
以前に書いた数値を上回り、1300台にまで上昇してしまった!の・だが・・・

8月8日(火)の診察&抗がん剤投与予定日。
依然上がり続ける数値。
それでいて以前にもまして抗がん剤の副作用が顕著に現れている父に、
『抗がん剤・・・辛いならもう止めようか・・・?』
などと話していた私たち家族。

診察時、父も担当医A先生に『先生、今日も抗がん剤はやらなきゃダメかね?』
と訴えていた矢先、A先生には珍しく声を荒げ
『やらなきゃダメだよっ、もったいないっ!!!』と言う。
その言葉を聞き、今回の血液検査の結果に目をやると、7月には1300を越えていたマーカー値が
800台まで下がっていた!

父は勿論の事、私達も信じられない気持ちでありながら、その数字を素直に喜んだ♪
そして俄然やる気が出てきた父!
『そうだね!やらなきゃ勿体無いね^^』と、引き続きジェムを投与して貰いたい旨をA先生にお願いした。


先週の23日(火)にも、無事にジェムを投与出来た父。
今度の予定は9月6日(火)だ!

通常で考えればマーカー値の800なんて数値は喜べないけど・・・
でも、1度は1300以上にまで上がってしまった数値。
副作用も【便秘】【下痢】【吐き気】が頻繁に父を襲い、その都度の対処療法しか方法はない。けど・・・
QOLも以前ほど高く保つ事は出来ていない現状だけど・・・
でも・でも!父・本人が辛い身体を抱えながら
『何とか後2年は生きていたいんだ!』
と、強い志を持っている。
そして理由も根拠も無いらしいが、そう強く信じ・願っている!

ぶっちゃけ・・・今だから冷静に言える事だが。
5月の入院時、私は父の死を覚悟した。
そして『必ず私が最期まで看取ってやる!』と、入院中は仕事をずっと休み、父の入院していた個室に毎日泊まり込み、ほぼ一睡もしなかった。

医者や看護師に『痴呆症』扱いされ、まともな検査さえもして貰えなかった。
でも私は父を信じ、医師や看護師に訴え続けた。勿論、家族にも。
『これは痴呆症ではない!薬による”せん妄”症状だ!と。』
・・・医者や看護師は半ば馬鹿にしたように私を見ていたっけ!

そして看護師が父に対する扱い。
『どうせ何を言ってもちゃんと理解できてないでしょ!』
という、言動や行動の数々。
何よりも父が喋る言葉に、真剣に耳を傾けてはくれない。それが最も許せなかった!勿論全ての看護師にではないけど・・・
苦痛を感じている患者がどんなに訴えても、所詮『痴呆患者の戯言』位にしか耳を傾けない!
入院していても検査もせず、また、まともに相手にもして貰えない父。
入院する前よりも症状が悪化するだけの父。
そして何よりも耐え難いのは、父の人格さえも否定されるかのような対応。


父は入院前から言っていた。
『お父さんはバカになっちゃったのか?ボケちゃったのか?
お母さんも、お兄ちゃんも・・・お父さんに対する態度が変わった。
自分ではちゃんと話しているつもりだけど、そうじゃないみたいだ。
お父さんにちゃんと接してくれるのは、みぃーだけだ。』
と、酷い時は興奮し、泣きながら私に辛い気持ちを訴えてきた父。
その都度私は父の横に座り、肩を抱き、背中を擦りながら、そして時には父と共に泣きながら
『そんな事ない!
父ちゃんはバカになんかなってないし、ボケてもいない!
大丈夫!絶対に大丈夫!』
と言い続けてきた。


父にそんな悲しい・惨めな思いを抱かせたまま、そんな気持ちのまま逝かせる訳にはいかない!
父ちゃんは私が守る!父ちゃんの人格を・・・父ちゃんのプライドを!
そんな想いで入院中は父にずっと寄り添った。
そして、これと言って何もしてくれない病院にこれ以上は入院させておきたくない!
そう思い、『退院させたいと思う!』と医師に訴えた。




・・・書き出すと止まらない!あの頃の怒りと悲しみが蘇る。
結局は私の読み通り『薬によるせん妄』であった!
退院後、ちゃんと脳のMRIを撮り証明された。
そのお陰で今では医師もそれを認めている!
私が訴えた『オピオイドローテーション』・・・
ずっと使っていた『オキシコンチン』から『デュロテップパッチ』へ変更して貰い、父には酷だが睡眠導入剤の服用を止めさせた。
今までは父本人に薬の管理を任せていたが、それからは全ての薬の管理を兄に任せる事にした。
結果、退院後1~2週間を経て父のせん妄症状は無きに等しいものになった。
今の父は以前の父。
誰が見ても、誰と話しても普通の人!
ただ父は言う!
『あの頃の事はよく覚えていない。だけど、自分が思ってる事と実際に話している内容が違ったようだ。
解って貰いたくて一生懸命話しているはずなのに、誰もちゃんと話を聞いてくれなかった。
ただハッキリ覚えているのは、みぃーだけは、ずっとお父さんの横に居た。ずっと一緒だった』

その言葉を聞き、当時の父の気持ちを改めて考えた私。そして考えながら何度も泣いた。
どんなに悲しかっただろう・・・
どんなに寂しかっただろう・・・
そしてどれ程辛い屈辱感と絶望感だった事だろう・・・と。





・・・って、過去の事をほじくり返しブツブツ言ってもしょうがない!(言ってるけど^^;)
今の父は普通!それで良し!
もう十分すぎるほどジェムの恩恵は受けたけど・・・でも、まだまだこれからもお願いしたい!
もっともっと!ジェムが父に功を奏してくれますように(>人<;)



母の事
って書こうと思ったけど・・・
気が付けば・・・今日は思ってた以上に長く書きすぎちゃったみたいΣ(゚∀゚*)
なので母の事はまた後日にしよう。・・・・・そうしよう(-∀-。)




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