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2010. . 22

暗黙の了解

2月20日(土)
話すタイミングを覗いながらも刻々と時間は過ぎていく。
3時からは競馬中継が始まってしまう。この時間は父にとっては大事な時間帯。
競馬の”お友”を勤めながら、私は夕食の準備に取り掛かっていた。
私は呑みながらゆっくりと食事を作る事が好きで、趣味でもある。
呑みながら・作りながら・競馬のお友をしながらと直ぐに時間は経ってしまった。
そして父・母・兄の3人は夕食を始めた。
父は”しじみの味噌汁”と”あさりの酒蒸し”にしか手を伸ばさなかったが、競馬を見ながらも”みかん”やら何やら食べていたので「まっ・いっか!」と思い何も言わなかった。

食事が終わり片づけを済まし、さぁ・話しでも!と思った頃には父は既に”ウトウト”し始めてしまった。
熟睡が出来ない父を起こすのは可哀想だと思い、母と暫しTVを観ながら様子を覗っていた。
8時頃までは母も頑張ってTVを観ていたが、我慢の限界だったらしく母まで”ウトウト”・・・
「こりゃダメだ!」と思い、今日もまた父と母の元を後にしてしまった。
その後兄の部屋へ・・・兄にだけでも話をしておかなければ・と2人して呑みながら様子を覗いみる。
・・・が・兄は日曜日の早朝から出掛けてしまうとの事で、兄までもが寝る体制に入ってしまったΣ(゚Д゚|||)
仕方なく自分が寝るべく部屋に篭り、寝れぬまま深夜2時過ぎまで一人途方にくれていた━(-д-;)━

2月21日(日)
実家の就寝時間は早いが、起床時間もめちゃくちゃ早い。
早朝(?)3時には母が起きる。そして何かをやりだす。・・・一体何をやっているのだ?
父は熟睡できない為に、少し起きては寝てを繰り返している。
しかし私が起きた8時過ぎ頃には父と兄の姿が見えなかった。
まぁ・父の行く先は場外馬券場なのだが・・・

父がこの日の早朝から漬け込んでいた鶏肉を母が代わりに揚げていた。
・・・そう言えば父ちゃんが「日曜日は唐揚だ!」って、言ってたっけ!と思い出す。
そして「今しかない!」と思い母に話しを始めた。

「母ちゃん、あのさぁ~父ちゃんの事なんだけど・・・」と話し始めた私に手を動かしながら聞く母。
「今度の水曜日に病院じゃん?今がどんな状態か判らないけど、もしk病院の先生が言ってた様な”余命宣告”をされたら、父ちゃんに言った方が善いのかねぇ・・・?」
すると母は手を休め、私の向かいに座り珍しく真剣に話し出した。

「伯父さん(父の亡くなった姉の旦那様)がよく家に遊びに来るでしょ?
そうすると自分に言い聞かせる様に『俺はもう長くない』と言ってるんだよ!
そして『別にもう、行きたい所もないし・遣り残したこともないなぁ・・・』って言ってる。
流石にお父さんも今回ばかりは覚悟を決めてるみたいで・・・
だから病院で言われても、わざわざお父さん本人には言う必要はないね。」

そして付け加えた。

「お父さんが色々と何か作って、やたらお前達に食べろ!と言うでしょ?
自分の先が長くない事を判っているからこそ、お前達に遣って上げたいんだよ・・・
まだ自分の身体の自由が利くうちにね。」

私は薄々気が付いてはいた。
しかし認めたくない気持ちがある為、敢えて気付かぬふりをしていたが、やはりそうだったのか・・・
父も思いの他、自分の残された時間が長かった間に覚悟を決めていたようだ。
だからこそ普段は行きたがらない母の実家や、まだ着れる洋服をあげてみたり・やたらに食事を作ってくれたがったり・・・
家族の中では、私が一番父と共に生活した年月が短い。
私をやたらに泊めたがったりしたのも、そのせいなのかも知れない。
どんなに家族が出歩く事を心配しても出掛けていく。
以前に父が言った「あれもダメ・これもダメ!では息が詰まる。死んだ方がましだ!」と言う言葉は、自分の死を覚悟した上での発言だったのだ・・・。

そして兄にも話さぬまま”余命宣告”の事は”封印”する事にした。
父と一緒に住んでいる母や兄も、そのつもりでいるのだろう。
ならば私も・・・
父の気持ちに気付かぬふりをしたまま、これからも笑顔で父に寄り添って行こうと決めた。


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*HOUKISOU*
私の義母(敷地内同居です)が、半年前に膵臓癌が判明し、ステージ4で闘病中です。
当初は食欲も無く体重もかなり減りました。
肝臓とリンパ節にも転移があり、腹水播種も起こしていて、腹水もありました。
その後、ジェムザールの化学療法、TS-1服用を並行して続けて来ています。
(時々白血球が下がると化学療法を休んでますが、副作用も少なく、一回全身に湿疹が出た程度です。)

癌発覚当時には、基準値を大幅に超えていた腫瘍マーカーが、今では基準値に治まり、体調も安定しています。

体調もすこぶる良く、食欲も元通りです。

時々CTで検査していますが、肝臓に転移した癌は極めて小さくなっているようです。
膵臓も同様です。
本人は極めて「生きる」ことに対して希望を持っていて、私達家族も出来る限りバックアップしているところです。
今は本人の好きなように楽しく生きることを願っています。
私はこのまま長生きできると思って義母と接しています。

みぃーさんのご家族のこともお祈りしています!!
またお邪魔させて頂きますね。
2010.02.22 19:23
みぃー。
HOUKISOUさま
初めまして!ご訪問下さり、コメントまで残して頂いて有難うございます^^
お義母さまも”膵臓癌”でいらっしゃるんですね・・・。

やはり、この先の残された時間なんて誰にも判りませんもんね!
何時も頭の片隅に「抗がん剤が上手くいって1年」と言う言葉がありました。
が・もう”余命宣告”の事は考えずに、父と(家族と)過ごして行く事に決めました♪

暖かい・お優しいお言葉有難うございますo(´▽`*)/
HOUKISOUさま が祈って下さる様に、私もお義母さまの事をお祈り致しております!

どうぞ、これからも宜しくお願い致します^^
2010.02.22 20:08
omi
心のあり様がとてもわかります。家の母も肝細胞癌です。一人で暮らしてます。父は最期まで、競馬の馬券買ってました。亡くなった時の名前に駿の字を入れました。お父様の子供のままでいてあげて下さい。甘えましょう。きっとそれが一番嬉しいのかも。
2010.02.23 03:53
みぃー。
omiさま
コメントを頂いた時間を見て”ビックリ!”致しました。
寝不足などにはなられていませんでしょうか?
貴重なお時間を私のコメント欄にて使って頂き、感謝の気持ちと共に申し訳ありませんでした。
omiさま のとてもお優しい人柄が覗えるお言葉・心に染み入りました。
そして暖かく・ためになるご意見を有難うございましたヽ(´∀`*)ノ
2010.02.23 16:27

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