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2010. . 17

膵臓癌を告知されるまで

2008年12月に、S医院から貰って来ていた痒み止めを塗ってはいたものの、症状が緩和されぬまま・・・
2009年の1月に父の実の姉が”癌”でなくなり、色々と慌しく再びS医院に来院したのは3月に入ってからだった。
(我が父、イチローは7人兄弟で、その中の4人は”癌”で亡くなっている。
因みに父の実母も”癌”で亡くなっているが、それぞれが全て違う”癌”にかかっている。)

2009年3月25日
再び訪れたS医院で医師から言われた言葉は
「身体と、目にも黄疸が出ている」という事だった。
そこでやっと検査をした方が良いという事になったが、S医院ではCT機材がない為、同市内に在るE病院でCTを撮ってくるようにと紹介状を渡された。

2009年3月26日
朝、9時20分の予約でE病院へ・・・
CTを撮り終え、撮ったCT画像を渡され再びS医院へ行き、医師の判断を仰ぐ。
「此処では詳しい事が判らないし、治療も出来ないので隣県に在るK病院へ行って下さい」
と言われ、K病院宛の紹介状を渡され帰宅。

2009年3月27日
私の兄に付き添われ、K病院を受診。
この時に初めて一から全ての検査を受けるが、あまりにも黄疸が酷い為に
「即、入院して下さい」と言われたが、何を思ったか父は2日後の日曜日にお願いしますと、呑気なことを言い
この日は家に帰宅した。

3月27日までの経緯を、この時まで私は全然知らされていなかった。
私の住む家は、父・母・兄が住む実家まで徒歩で10分位の所に在るが、近いが為「何時でも行けるから・・・」
を理由にし、あまり実家に顔を出すことをしていなかった。
今更だが、その事を深く反省している。

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