--. . --

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013. . 13

母の心の拠り所2

5月13日(月) この間の続き

この間の記事の内容は、何となくブログ趣旨から外れているような懸念がある・・・(霊能力とか)
あまり眉唾のような事を書くのはどうなのか?でも私たち家族の事、中でも我が母にとっては人生の半分以上を占めてきた大事な事柄なので、掘り過ぎ下げない程度に書こうと思う。

え~~~と・・・
何十年も前の、私の中での衝撃的な出来事である「おばさん」との事。
これは私の中の「超・トラウマ」となり、大人になった今でも忘れられない事である!
あの時は本当に恐怖であり、暫くはおばさんに会う事が出来なくなる程であったのだが・・・

「おばさん → 亡き父イチローの叔母」は「イチローの母(私の祖母) → 母の妹(おばさん)」である。
しかし「イチローの母(私の祖母)と 母の妹(おばさん)」の間に血のつながりはない!
したがって、父や私とも全く血のつながりはなく、おばさんと言ってもあまり親近感がないのだが、私の母はこのおばさんとウマが合うらしく頻繁に会っていた。
おばさんも実の子供達よりも私の母の方を頼りにし、また、可愛がってくれたようだ!

前の記事にも書いたけど、決して変な宗教とかではない!
(これも何か問題ありそうな表現の仕方なのか懸念はあるけど)
しかしこの「霊能力的な事」が、おばさんと母の絆を強めている事は確かである。

私が幼い時から、亡き父イチローは決して「良い旦那」「良い父」ではなかった。
所謂アルチューで、酒を呑み、酒にのまれるそして暴れたりもする(-_-;)
それも休日関係なく、平日からほぼ毎日そんな状態であった為、仕事を休む事なんて日常茶飯事である。
子供は3人居るし旦那はよく働かず・・・母本人も安い時給でフルパートしているものの生活は厳しく、また、決して仲は悪くないけど姑である祖母とも同居!
母は母でとてつもないストレスを抱えながら生活をしていたのだろうと思う。

何かに縋りたい!何かに頼りたい!自分を助けてくれると思える何かに逃げ込みたい!
きっとそんな思いからであろう事は容易に想像できる。
確かに変な宗教ではないけど、母は昔から宗教に傾倒しすぎるのは事実。
家族にとっては、その事が問題になる場合も多々あったのもこれまた事実!
(・・・これ以上は問題があるかもなので、深く掘り下げては書かないけど。)


そんなこんなで・・・
母とおばさんはある意味「実の親子以上」に親密状態で、言い方は悪いかもしれないが、お互いに「依存状態」であるかのような、そんな状態でいた。
母が仕事を辞めてからは余程の事がない限り、2駅離れたおばさんの家へ電車と徒歩で毎日通っていた母。
実の娘さんが同居しているにも関らずおばさんの銀行通帳を預かり、お金の管理まで任されたりもしていた。
しかし、母の舌癌&大腸癌の手術を機に、長年に渡り続いたそんな関係に終止符をうつ。

手術をした事により母の生活は今までとは全く違うものになり、自分自身の事さえ満足に・思うように出来なくなってしまった。
おばさんに会いに行くどころか電話で会話する事さえも困難になり、何より1人で外出する事さえ出来ない母。
そうして退院後、数ヶ月を経て徐々に回復する母とは反対に悪化していく父。
兄に送り迎えしてもらえば多少の外出は出来るようになったとはいえ、父1人を家に残し外出する事は難しく、気付けば入院前から半年以上おばさんに会えない時は続いた。
娘さんを介して母宛に度々連絡してくるおばさん。
また、うまく喋れないながらも何とか電話に出ようとする母。

父が悪化の一途を辿る中、母はストレスを相当感じていたと言う。
私たち子供には言えない胸の内・・・痛み・辛さ・イライラetc
やり場のない怒りの感情や負の感情を、父は母に当り散らしていたらしい。
以前ならいざ知らず、今となっては自分も癌になり、また辛い手術・入院をし、退院後も不便を強いられる生活を送っているのに、私だって大変なのに!とのストレス。
さぞかし母の心を寄せる「おばさん」に会いに行きたかった事であろう。
母の中では「自分を助けてくれると信じる何か = おばさん」なのだから。


そして去年の4月5日。
丸々3年以上に渡る父の闘病生活は終わった。
それまで酷い時には
「お父さんなんか早く死んじゃえばいいのに!なんて思う事もあるよ
なんて、私に愚痴をこぼす事があった母。
父が亡くなり慌しい生活も落着いてきた頃・・・あんなに愚痴をこぼしていた母は、今までには無かった静かな日々・時間をとても虚しく、とても寂しく感じると肩を落とす。
あれだけ「う~」だの「あ~」だのと騒がしく、暴言を吐く父が居なくなってしまったという現実に。
母は最近とくに言う。
「お母さん昼間1人で寂しくてねぇ・・・お昼ご飯も1人じゃ食べたくなくてね
でも薬を飲まなきゃいけないから、嫌々だけどやっと食べてる感じだよ
やっぱり誰かが傍にいてくれるのは嬉しいねぇ~♪ご飯も美味しいよ♪」

ずっと仕事を辞めていた兄だが父亡き後、再就職をし、これからの生活の為働きに出ている。
私も姉も出来る限り母を1人にしないよう努めてはいるけど、私は私で仕事があり、姉は姉でまだ幼い子供がいるし旦那様の病気もあり、母だけに構っていられないのも事実である。
そうして1人でおばさんの家へ行く事も出来ず、また、行こうと言う気力もない母の元への連絡。
おばさんの不調を伝える娘さんからの電話だった。

兄と共にお見舞いには行ったけど、会話も侭ならず・・・
それでも、たとえ会話は出来なくても、会えなくても・・・おばさんが生きていてくれる事で、母の気持ちの平穏は保たれていたのだ。
母の元から父が逝き、そしておばさんが逝ってしまった。
「でも98歳だもんねぇ・・・頑張ったよね^^」
なんて、力なく話す母。
たまにこんな夢を見るらしい。
「お父さんが夢に出てきてね、”お前はまだこっちに来るなよ!”って、お母さんに言うんだよね。」



ホスピスに入所し、色々と心配事を話す・まだ昏睡状態に入る前の父に私は約束した。
自分が居なくなった後、残していく母や兄の事・・・特に兄の事を心配で仕方がないと言っていた父。
「兄ちゃんの事も母ちゃんの事も心配すんな!みぃーに任せとけっ!ちゃんと責任持って皆の最後まで面倒をみるからさっ他にまだ心配事はあるかぃ?」
父は言った。
「んじゃ、もぉーないよ!頼んだぞ!」

亡き父や・・・勿論おばさんの代わりになどなれる筈もないけど・・・
でも、兄も姉も私も居る。可愛い可愛い孫だって!
その人其々で、胸の内、支えられるところが違うのは百も承知!役割が違うのも百も承知!
これからは父の分も母を支えていく!
支えられるように努力するし頑張るよぉ~!だから

「ふっ、母ちゃん・・・寂しいなんて言わせないぜっ( ̄ー ̄;)」

術後の転移もないし・・・
人生楽ありゃ苦もあるさっ!(←水戸黄○)
母ちゃんはずっと「苦」ばかりだったって言うけど・・・
だったらこの先には楽しい事が沢山待ってるよ♪
色々とイベントも考えたりしてるからさっ!待っててねん^^


にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村
     ↑
お手数をお掛けして申し訳在りません。
押して頂けると嬉しゅうございます(。・人・`。))
スポンサーサイト

comment

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://mie120.blog107.fc2.com/tb.php/372-de525556
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。