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2013. . 06

ホスピス入所まで 1

6月6日(木) 今日は友達の誕生日!○○歳おめでとぉ~

え~~~~と
亡き父の事で書きたい事がまだまだ沢山ある!
何から書いたらいいか?と思いつつ、去年の3月に「明日からの入院を余儀なくされた」と書いてから「今日、旅立ちました」と書いた空白の期間。
父は最期を「ホスピス」で迎えたが、いきなりその空白の期間の事を書くのではなく、その「ホスピス」に入所するきっかけとなった事から書いていこうと思う。


2度目の余命宣告
初めて膵臓癌を告知された燐市の病院では、父・私の前で「膵臓癌であること」と「余命宣告」を医師から告げられた経緯がある。
その後一悶着あり、今後を考慮して病院を転院することにした。
地元に在る大学病院に転院してからは父本人が「余命」について、医師から話をされる事はなかったのだが・・・

一昨年の(確か)11月だったと記憶しているが、父のいつもの診察時の事。
父・兄・私の3人で診察室に入り、担当医のA先生とこの先の検査や治療諸々の事を話していた。
話の流れではない!
「えっ、何でこのタイミングでそんな事言うの?」
と、正直焦ってしまった事を昨日のように思い出す。

医師 「Sさん(←父)・・・人の余命なんて誰にも判りません。
    特にSさんは私が今まで診てきた患者さんとは明らかに異なりますしね^^
    ですが・・・
    後、何年!という月日は残されていないでしょう。
    後、数ヶ月・・・・・と考えて貰った方がいいと思います。
    今すぐ・・・1ヶ月後とかは無いと思いますが、
    それでも”月単位”で捉えて貰った方がいいと思います」

そして暫し沈黙の後に父が口を啓いた。

父  「そうかぁ・・・後何年じゃなくて、後数ヶ月かぁ・・・じゃあ桜が咲く頃かなぁ?」

医師 「いやいや・・・そんな!判りません・・・はっきりとは判りませんよ!
    今までだって色々と乗り越えてきたじゃないですか^^;
    Sさんの事だからもっと頑張れるかも知れないですし!
    そんな・・・そこまで悲観しないで下さい
    ただ、年単位で考え日常を過ごすよりは月単位で考えて貰った方が、
    色々とやりたい事も出来ると思うので言ったまでですから^^;」

・・・そんな風に言葉を濁したA先生だったけど、そんな言葉は既に父の耳には届いていない!
ガックリと肩を落とし、なんとも複雑な表情を浮かべる父の顔が今でも忘れられない。

そりゃそうだろ!
大概の人は「後、何ヶ月も生きられる」と思うより
「後、何ヶ月しか生きられない」と悲観するのではないだろうか?
そして父が言った「桜が咲く頃」・・・何故に桜か?と、考えなくてもすぐに判った。

父は7人兄弟の下から2番目で、健在である妹を除いては既に皆他界している。
2番目が「戦死」で3番目は「自殺」・・・他の3人は皆、癌で亡くなった。しかも春の頃。
桜を見ずに逝ってしまった兄弟たちの事を、父は自分の事と置き換えている事は容易に想像できた。

しかし担当医は「数ヶ月単位で」と言った言葉でも、父は「桜の咲く頃まで」と解釈してしまった!
病院を後にし実家に帰った後、病院へ行かなかった母と姉に、父はこう説明していた。
「お父さん・・・A先生に言われちゃったよ・・・来年の桜は見れないでしょう。
桜は見れないって・・・春まで持たないって」

そしてそれを聞いた母と姉は、兄と私の元へ確認に訪れ訊ねる。
「なに?お父さん、春までって言われたの?」と。
すかさず兄と私は
「春まで・・・桜が咲く頃って言ったのは父ちゃん本人が言っただけで、A先生は言ってないよ
ただ・・・後、何年じゃなく後、数ヶ月とは言ってたけど。」


燐市に在る病院でされた、父本人も聞いていた余命宣告では
「このままだと3ヶ月~半年。抗がん剤が上手くいって1年。」だった。
この日父本人が聞いた2度目の余命宣告時は、膵臓癌を告知されてから既に3年目に入っている!
私たちはそれを踏まえ父に何度も言った!
「父ちゃん・・・前に言われた事覚えてるかぃ^^?
半年~1年なぁ~んて医者は言ってたけどさ、既にもう2年と半年以上は経ってるんだよ^^
先生だって言ってたじゃん!Sさんならもっと頑張れるかもって♪
しかも桜が咲く頃なんて、父ちゃんが勝手に思ってるだけで先生はそんな事言ってないじゃんか^^;」



・・・今だから?ではないが、父が亡くなった後だからこそ言える事。
ホスピスに3月に入所した父は、確かに桜を見る事はなかった。

昔の記事に載せた事がある写真。実家の直ぐ近くの川沿いは桜並木が何百メートルと続いている。
父の火葬が終わり、自宅に帰る車の中。

運転をする兄
戒名札を抱かかえる母
遺影を抱かかえる姉
そしてお骨を抱きしめる私

桜は満開で・・・風に吹かれ花吹雪が舞う中を私たち家族は車中でお花見しながら帰った。
「お父さん、桜が咲いてるよ^^」
「父ちゃん、家族みんなでお花見だね♪」
皆口々に父に話しかけながら家へ帰った。


・・・父ちゃん、父ちゃんは自分で判って言ってたのかな^^?
それとも思いつきの偶然なのかな^^?
ホスピスは八王子より山の方にあったから、桜の開花も自宅近辺より少し遅れてたよね^^;
ホスピスの部屋からは「梅」と「桃」は見れたけど、確かに「桜」は見れなかったもんね

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comment

私はタワシ
みぃ。さん、こんにちは。体調はいかがでしょうか。

去年亡くなった私の父は、ホスピスではなくて自宅療養でしたし、お通夜の日は花吹雪ではなく本物の猛吹雪でしたが、それでもみぃ。さんの回想録を読みながら、自分の父のことのような気がしました。
我が父も、もともとが元気な人だったので、医者の余命宣告なんて当てにならないのでは、と周囲の誰もが希望を持っていました。でも本人は何かを悟ったのか、「今年の桜は見れるかなあ」と何度も言っていましたね。結局その年の桜は見れなかった。。。
これからお互い桜の季節になると、よりいっそう、逝ってしまったひとのことを、いつもにも増して想うのでしょうね。
2013.06.06 18:08
私はタワシさま
こんにちは^^

まずは
有難くも頂いたお言葉に、またもやお礼が遅くなりました事をお詫び申し上げます!
本当に申し訳在りませんでしたe-442
そして
コメントを入れて下さり有難うございますe-267

私はタワシさま・・・
私なんぞの体調をお気遣い下さり、お優しいお心遣いに感謝しております!有難うございます^^
お陰様で「ボチボチ元気」にしております♪・・・が
少し前の記事に書いた「子宮頸癌の検診先の病院」が、脳外で通っている地元の大学病院になりました。
で、ですねぇ~~~
先週の金曜日、早速検査に行って来たのですが、また明日も検査をしに行く事が決まってましてe-263
その検査も含めてですが、結果によっては手術する事になるかもです^^;
でも、まっ!きっと私の事なんで大丈夫のような気はするんですけどねぇ~~~
今から考えたところで始まらないので、結果が出るまでは「のほほぉ~ん」と構えている次第でございます!
・・・って、どぉ~でもいい事を長々と失礼致しましたe-330

私はタワシさまも大変お辛い中、私たち家族をお気遣い下さり、お父様の事をお伺いしたのは数ヶ月も後になってしまって・・・
知らなかったとは言え、お悔やみの言葉さえ遅くなってしまった事、本当に申し訳在りませんでした。
また、お気遣い下さる温情に言葉では言い尽くせない程の気持ちでありました。

・・・お父様もやはり「桜は見れるかなぁ」と仰っていたんですね。
春は「出会いの季節」でもあり、また「別れの季節」などと申しますが、やはり「春=桜」で何か一区切りの季節なんでしょうか・・・
そしてやはり自分自身の事、「本人は何かを悟る」のかも知れませんよね・・・

そうですね、仰る通りです。
桜の咲く季節・・・昨日の事のように、走馬灯のように色々な想いがめぐります。
私はタワシさま、この先何年?何十年?と様々な想いを抱きながらもやってくる「桜の季節」ですが・・・
いつか一緒にお花見出来たら素敵ですねe-267
その時は是非、私はタワシさまのピアノを聴かせて下さいませです!(←図々しい発言)

いつもの事ではございますが
お優しくも温かなお心遣い、心より感謝・感謝でございまぁ~すヽ(*´Д`*)ノ
2013.06.10 15:31

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