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2010. . 27

父の後悔

すっかり気弱な言動ばかりをはく、この頃の父。
母と二人の時にはよく、自分の過去を悔いるような事を言っていたようだ。


母の事

母は私が物心付く前から働いていた。
亡くなった祖母とは”嫁・姑”の関係。
父は毎日お酒を飲み、”ヘルニアで腰痛”を理由にして仕事も休みがち。
子供は三人いてこれからお金もかかるのに・・・と色々なストレスを抱えていたのだと思う。
祖母とは、とても仲が良く喧嘩をしたのは見たことがないが、やはりそれなりに気苦労はあったと思われる。

兄は昔から物静かな人で、兄弟喧嘩に加わった事はない人だった。
しかし姉と私は女同士だからか、寄れば触れば喧嘩ばかり。
たまに仲良く遊んでいても、何時も途中から喧嘩になってしまい、その都度母に怒られた。
今で言えば”虐待”になるのだが、よく布団叩き(木製)やバット(木製)で殴られた。
当時を振り返ると「よく五体満足で今・生きていられたよなぁ~」などと思う。

父は酒癖が悪く、「物を壊す」「暴れる」は当たり前で、酷いときには「家の中に石油を撒き火をつける(必死で止めましたが)」「家の柱を鋸で切り出す」など等・・・やりたい放題だった。

私は子供の頃の楽しかった・嬉しかった想い出は?
と問われると間髪いれずに、こう答えていた。
「お父さんが、お酒を飲まずに帰って来た事」
私達家族は夜になると、日々怯えて過ごした。

しかし、そんな父だが母や私達に手をあげる事はしなかった。
母が姉や私に暴力を振るうと、姉や私にではなく母を叱った。

・・・今思えば「あんたが、ろくな亭主じゃなかったから、母ちゃんはストレスの捌け口に暴力振るったんだよっヽ(#`Д´)ノ」
と思う。
しかし母の暴力も姉が中学生になり、ある事をきっかけにやんだ。


伯父の事

父の兄(上から三番目)の夫婦はよく私の住む実家に遊びに来ていた。
その伯父夫婦はとても私の事を可愛がってくれた。
ある日の事(今から30数年前)違う部屋で私が一人で居たときに、別の部屋から伯父夫婦と父・母の会話が聞こえてきた。
「みぃー(私)を養女にくれないか?」と伯父夫婦。
暫くの沈黙・・・母は考えている様子であった。
しかしその沈黙をやぶり父が口をひらいた。
「どんなに生活が厳しく・貧しくても(←イチローのせい)みぃーはやらない!みぃーは俺の子だ!」
と、伯父夫婦の申し入れを、きっぱりと断ってくれた。

その10数年後、伯父はアル中で癌を患らった挙句、首をつり自殺した。
伯父の嫁(伯母)も今から数年前に息をひきとった。
【長文になった為、続きます】

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