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2014. . 21

ホスピス(個室)4日目 夫として 父として

4月21日(月)

どうしても「お母さんに会いたい」と言う父。
その父に会うべく、母と兄は再度病院へ向かっているであろう時間。
夜中である為、20~30分もあれば病院に着くと思われるが、その僅かな時間が父にとっては
「とてつもなく長い時間」
であったと思う。
ベットごと起き上がっているのだが、ベットの落下防止の柵に力いっぱい両手で摑まり、やっとの思いで座っている。
意識も朦朧としているように見える。
まるで全神経を集中して「起きている」ように見えた父。
そんな父を見ながら、何とか母に会わせてあげたい!
そう思っている姉や私にとっても、とても長い時間に感じられた。


電話を切ってから、きっと30分は経っていなかったであろうと思う。
幾ら夜中で道も空いていたとはいえ、兄は大分トバシテ来たのが容易に想像できた。
今か今かと待ちわびていた時、病室へ パタパタ と駆け寄ってくる足音が廊下から響いてきた。
その足音を聞き、父に
「父ちゃん!母ちゃんたちが来たみたいだよ!」
そう声を掛けていると、母と兄が病室へ現れた。

父が待ちわびた母。
「なぁに?お父ちゃん。・・・呼んでるからって聞いたから急いで来たよ。」
と、母が父に声を掛ける。声を掛けながら母はソファに腰を下ろした。

父が母に向かい、何かを話しかけている。
母の反対側に居たので、何を話していたかは聞く事が出来なかった私たち兄弟だったが、ほんの2・3言だけ聞こえてきた言葉がある。それは
「俺は逝くから、後は頼むな」
「ちゃんと逝けるようにお願いしてくれよ」
「それじゃぁな!」
そんな言葉だったと記憶している。
そして母も
「分かったよ、お父ちゃん。大丈夫だよ。」
そんな言葉を返していたように思う。


ほんの数分間だけの母との会話が終わった父。
ベットの正面に向き直り、病室の中を見渡し、ベット周りの床を確認するようにして私たちへ言った。
「皆揃ったな?これだけあれば(広さ)皆の布団はひけるな?大丈夫か?」
その言葉に
「大丈夫だよ^^皆の分の布団ぐらいひけるよ!」
そう答えると、父は続けて言った。
「じゃぁ、皆で寝よう。・・・お父さんは先に寝ていいか?少し疲れた。」
その言葉に
「そうだね!もう夜も遅いし皆で寝ようか^^」
そう姉が答えた。

その言葉を聞き、ベットのリクライニングを戻した私。
その後、父はもう1度だけ母に何かを言って目を閉じた。


それから1時間位は皆で父の寝顔を見つめ続けいた。
てっきり母と兄はこのまま病院へ泊るのだろうと思った私は
「もう大分時間が遅いけど・・・今から控室を借りれるか看護士さんに聞いてこようか?
母ちゃんも疲れたでしょ?」
そう言ったのだが、予想に反して母と兄は
「ううん。今日はこのまま泊らないで家に帰るよ」
と言い、自宅へと帰っていった。



父が母に何を話したのかは、現在でも母に聞いていない。
きっと・・・
50年近く連れ添った母へ、別れゆく「夫から妻へ」の最期の言葉。お別れの言葉だったのだろう。
何度も離婚の危機もあった。それでも一緒に過ごしてきた母へ、感謝の言葉などを述べていたのかも知れない。

そして父が言った
「皆揃ったか?」と「皆で寝よう。」
その言葉は、家族の”長”としての父。家族の大黒柱という存在の 父としての言葉 なのだと感じた。



正直な話、子供の頃は父の事を何度も恐怖した。
アルチューで満足に働かず、酔っては家で暴れる父。
幼い頃は恐怖でしかなかったその存在。

ちゃんと働いたと思ったら、そのお給料は全てギャンブルや飲み代に消えてしまい、借金まで沢山作っていた父。
幼い子供たちを遊びに連れて行く事もなく、子供たちを楽しませる事より自分が遊ぶ事を優先してきた。
父親らしい事をしてくれた記憶も皆無に近い。
物心ついた時には感じていた。
「この人(父)は・・・家族や子供たちに愛情があるのかな?」
そんな事を何度も思った。そして
「血の繋がりはあったとして・・・この人(父)は父親としての自覚も、愛情もないのだ。」
ずっとそう感じていた。

確かに昔はそうだった。
でも・・・


この歳になり、病気を患い、自分の死を覚悟した父は
「妻に対しての愛情を示し、子供たちを思う、愛情ある父親」
であった。
昔の事はともかく・・・

家族に最期の愛情或る言葉、姿勢を示してくれた父の事を今では誇りに思っている。

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Jam
こんにちは

西原理恵子さんのとあるサイトに、

「最後まで暴れるお父さんだったら、子どもにもその姿で記憶されちゃうけど、
そうじゃなかった。大事なのは「死に支度」で、最期に「ありがとう」と言って死ぬこと。」

と言うことが書いてありましたです

そういうことなんでしょうね 

いろいろなんやかんや越えたとこに 慈しみがあるんだなあと
しみじみ思いました
2014.04.22 09:22
Jamさま
こんにちは^^です。

西原理恵子さん、私も存じ上げております。私はあの方の事好きですねぇ~♪
あの方の半生って(聞いた話では)中々に壮絶なものがありますよね!
昔の話などを聞いていると何となくですが、ほんのちょっとだけ私と共通点があるような^^?
そんな気がします。
ただ、Jamさまが書いて下さった事は存じ上げておりませんでした!

「なるほど!さすがだぜっ!西原理恵子(さん)は良い事言うなぁ~~~!
っつーか、さすが多方面での才能があるだけある!何ともマトを得た物言いをするe-267

拝見して、まさしく上記のような感想を持ちましたでございます^^
いや、ほんと。私は思っている事を上手に表現出来なくて、無駄に言葉をダラダラと書き連ねるくせに、結局はマトを得てなくて・・・・・
なぁ~~んか違うんだよなぁ~e-263と、自分で自分が残念になったりするんですよね^^;
なのに西原さんは たったの2行 で見事に言い表している。なんて素晴らしいe-267

って、そもそも比べるのが間違っているんですけどもね^^;

Jamさま、(言い方が変ですが)ナイスお言葉! を教えて下さり有難うございますe-343
そしていつもの事ではございますが、温かなお言葉とお優しいお心遣いを有難うございます!
心より感謝・感謝でございますe-267
2014.04.22 10:40
Jam
ふたたび こんにちは

私もサイバラ好きなんです(^^)
どこがといわれたら言葉に迷うんですけれど
嫌いな人は嫌いなんでしょうけどね・・・
豪快に見せるくせにきめこまくって
きれい事を書いてないのにてれ笑いでおとす、そんなとこが好きなのかもしれません


たまたま 今回「終活」のことをとりあげていたので・・・

よろしかったら アドレス張りつけてきますので
お時間のある時、体調の良い時 などにでも ゆっくり訪問してみてください
http://www.kadokawa.co.jp/saibara/cat108/

2014.04.22 15:47
Jamさま^^
こんにちは。です^^
そして ふたたび有難うございます♪

Jamさまも 西原さん お好きなんですねぇ~♪
私も どこが好き? かと聞かれたら、迷わず ココが好き! とはハッキリ言えないですね^^;
まぁ、嫌いになるには それなりに 理由があるものですが 好き に理由はなかったりしますもんね♪
教えて頂いたアドレスにアクセスして拝見させて頂きました!
最初、 あれ?どこにも書いてないな?短い文章だな? と、馬鹿な私は不思議に思ったのですが、続きがある事に気が付きまして・・・読んでみると結構ありますねぇ~!

取り敢えず ざっ! っとだけ流し読みしただけなので、また改めて読み直したいと思っております。
が!・・・ざっと拝見しただけですが面白かったですねぇ~~~♪
高須先生の事、ちょっと「胡散臭い」とか「あの人は何を目指しているんだろ?」「何をどぉ~したいんだろ?」なんて度々思う事があって、正に ドクター中松(さん) のような「得体のしれない人(←失礼)」などと思った事もあったんですね^^;わたし
な・だけあって、余計におかしくなってしまって1人で笑っちゃいました^^
でも、高須先生も良い事仰いますね!なんか見直しちゃいましたもん♪
西原さんと お似合いのカップル ですよねぇ~!
そう言えば、前にテレビで西原さんが
「高須先生は私の事は 整形(痩身とか)してくれない!」
なんて仰ってたのを聞いた事がありましたっけ!


・・・あ・つい、つい、長くなってしまいました^^;ごめんなさい
Jamさま、わざわざ教えて下さり有難うございましたe-267

2014.04.23 11:37

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