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2014. . 27

きっと見てるね^^

5月27日(火)

自宅に戻ってから一夜明け、(一昨年の)4月6日(金)。
この日は姉の娘である K美 の、小学校の入学式であった。
父がホスピスに居る時から
「父ちゃんの その時 と重なってしまったとしても、K美の入学式を優先する。」
と、言っていた姉。
その時は仕方がない!と諦めていた姉だったが、(変な言い方だけど)ちゃんと父を看取る事もできたし、娘の大事な入学式も出席する事ができた。

昨日は実家へ戻って来てから、一旦は自分の家に戻ったものの、諸々の所要をする為に再度来てくれた姉と旦那の Kちゃん。
翌日に入学式を控えていた事を知っている母・兄・私は、口々に
「色々とお疲れ様。明日の事もあるし・・・・・K美も待っていると思うから今日はもう戻って^^
明日、気を付けて行ってきてね♪」
姉やKちゃんにそう言うと
「うん。本当は今晩も一緒に居たいんだけど・・・・・
でも、K美も待ってるし、明日の支度も色々しなくちゃいけないから、お言葉に甘えて今日は帰らせて貰うね。
すいませんけど、後はお願いします!」
そう言って帰って行った。

もしかして父ちゃんは、K美の入学式に重ならないように「この日」を選んだのかな?
I 崎さんの事も含めて考えても、色々と辻褄があうような・・・・・?
父ちゃんは父ちゃんなりに、色々と考え、皆に配慮して「この日」にしたのかも?
お線香を絶やさないようにと、酒盛りをしつつ思い出話に華をさかせている時に、そんな事をふと思った私。

幾ら「その時は仕方がない!」と姉は言っていたけれど・・・
やはり、看取れなければ少なからずの後悔は残ってしまったと思う。
そして姉がその場に居れない状況であれば、勿論 Kちゃんだって看取る事は出来なかった訳で・・・・・
だとすると、父もその2人からは看取って貰う事が出来なかったという事だ。
それらを考えると、こじ付けかも知れないけれど、
「誰も後悔する事がないように、また、父ちゃん自身も皆に看取って貰えるように」
と、そうなるように「なるべくしてなった」のかも・・・・・?そんな風に思った。



そして、有難い事に翌日(4月6日)も朝から、沢山の方が父にお線香をあげに来てくれた。
父の兄弟は、妹である叔母をのぞいては既に皆、他界している。
しかしその叔母は病気で入院している為、来て貰う事はできない。
だが、何処から連絡が入ったのか定かではないが、有難い事に他界した兄弟の奥さんや旦那さん、その子供さんたちは皆来てくれた。
一方、母方の兄弟は皆健在であり、怪我で入院している1番下の妹以外は、遠方に住んでいる兄弟も含めて、やはり皆さんお線香をあげに来て下さった。

沢山来て下さった方の中で、私が何よりも驚いたのは、母方の兄弟の子供さんたちが来てくれた事。
会うのはもう、かれこれ皆10年ぶり位?と思われ、下手すりゃ20年近く会っていない子たちも皆来てくれた!
私がもういい歳なのだから、親戚もみんな「いい歳」になっている^^;
名前を聞かなくても直ぐに分かる子もいれば、名前を聞いても
「うっそぉ~~~!変わったねぇ~~~!」
と、思わず言ってしまった子もいる^^;
皆もうすっかり 「お父さん」 と 「お母さん」 になっていて、これまた下手すりゃ、既に 「孫」 がいる子もいた^^;

父の兄弟関係や母の兄弟はともかく・・・・・いや、来て下さって本当に有難いのだが・・・・・
まさか、親戚が一堂に会し父に会いに来てくれるだなんて思ってもみなかった!
土曜日の午前中に火葬を控えている為、父に会えるのはこの日が最後であるとはいえ、皆、仕事や家庭の事もあり忙しいであろうと容易に想像できる。
まだ小さい子供さんが居れば尚の事、忙しいだろうに・・・・・。
皆その忙しい中を、時間を作って来てくれた事が、本当に嬉しかったし、本当に驚いた!

私がまだ子供の頃、母方の親戚から父は 「性質の悪いオジサン」 だと思われていた^^;
いつも酔っぱらっていて、シラフの姿を見た人は少ないはず・・・・・
決して暴力などは振るわないが、酔っては問題を起こす面倒なオジサン

来てくれた皆、父の思い出を口々に話してくれた。
「おじちゃん・・・いつもお酒飲んでたよね^^;
でも、私は(俺は)おじちゃんの事は好きだったな!おじちゃんは楽しい人だったよね^^」
そんな事を話してくれながらも、皆は父の為に涙を流してくれていた。

お陰様で沢山の方に来て頂き、慌ただしい時間を過ごしていた私たち。
そして気が付けば、あっ!という間に夕方になっていた。
ちょうど一息ついていた頃、姉が K美を連れて訪れた。
すると姉は、家に入るや否や徐に口を開いた。
「ほら、K美!おじいちゃんにランドセル背負った姿を見せてあげな^^
おじいちゃんに買って貰ったピンクのランドセル、似合ってるでしょ^^?って。」
と、K美に言うと
「おじいちゃん、Kちゃんは今日、入学式だったんだよ!
おじいちゃんに買って貰った、このピンクのランドセルを背負って行って来たよ^^
似合う?おじいちゃん、ありがとうね♪」
そう言いながら、少し”おめかし”した K美がランドセルを背負ったまま、父に話しかけ、その姿を一生懸命見せるようにしていた^^



ちゃんとした通夜や告別式はしないけど・・・・・
有難い事に、沢山の人がこうして父の顔を見に来てくれて・・・・・
たった1人の可愛い孫娘のランドセル姿も見せに来て貰って・・・・・
「父ちゃん、本当に嬉しいね!良かったね!本当に感謝しなくちゃいけないね
心からそう思った私は父に話しかけた。
そして、父はきっと近くで ちゃんと見てる! そう思った^^

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母は 自分で準備して入っていた葬儀場の互助会(?)のおかげで 特にあわてることなく終わらせることができた お葬式とお通夜。

でも みぃーさんのブログ読んで、お父様、ちゃんと最期に「自分の家」に帰れてよかったなぁ~って思ったんです。
7月に外泊して以降 一度も母を連れて帰らなかった。
骨になるまで連れて帰ってこれなかった。

なんだか 間違ってなかったかな?って思ったんです。
せめて 斎場に入る前に 自宅の前ぐらい行ってあげなきゃいけなかったんじゃないかって。

昔 自宅でお葬式とかやってたよね。
でも最近は ほとんど葬儀場。

母のことがあって やっぱり自宅へ連れて帰ってあげたほうがよかったんじゃなかったのかな?
って ちょっと反省しています。
2014.05.27 13:47
華さま^^
お早うございます^^

確かに仰る通りですよね!昔は自宅にて通夜やお葬式って執り行われてましたよね。
何時からでしょうか、葬儀場で執り行われるのが主流となったのは?
・・・やっぱりアレですかね?最近の住宅事情が要因なのでしょうか?
マンションや団地など、造り的な問題もあるのでしょうが、自宅で執り行うとなると人手も必要で、ご近所同士の自治会的なものもお手伝いしてくれたりと、そう言った 「昔ながらの」 係わりが減少してきた事も、また要因の1つなのかも知れませんよねぇ。

そして・・・「互助会」も、また1つの要因なのかも?
私の祖母の時も、祖母が生前から入っていた互助会にて執り行われました。
が、今って(特に我々世代)互助会に加入している方も少ないように思います。
自分が主体となって執り行った事でよく分かりましたが・・・・・
昔と違い、今は値段的にも低価格で、満足のいく葬儀が幾らでもあげられますもんね。

華さまが仰る
「お母様をご自宅に連れて帰れなかった」とのお言葉。
私の知人でも同じ事を仰っていた方がおりました。
華さまがそのように仰っている事を私がとやかく言えませんが・・・・・
ですが、お母様はちゃんと葬儀を執り行われたんですよね^^?
でしたら、皆さんが葬儀場にてお母様をお見送りしに来て下さったわけで、ご自宅には戻られなかったかもですが、その事、お母様はご承知されてたのかも知れませんよね^^?
・・・などと勝手な憶測でものを言いました。ごめんなさいe-263

父は葬儀も執り行わなかったですし(金銭的にも^^;)葬儀場を借りて安置する事も選択肢には入っておりませんでした。
そして実家は古い団地なのですが、造りがメゾネットなので、なんとかなったのだと思います。
もし、これが、エレベーターもない5階に住んでいるようなら、とても実家に連れて帰って来る事は出来なかったと思います。
なのでまぁ、我が家はどうにかこうにか無事に執り行う事が出来たのかなぁ~と^^;

有難くも頂いたコメントに、ちゃんとお礼が出来ている文章ではなく申し訳ありません^^;
華さま、お忙しいでしょうに、わざわざコメントを下さって有難うございました!
心より感謝・感謝でございますe-267
2014.05.28 10:17
ハヤシ
みいー。さん、こんばんは。昨日と今日、久しぶりにブログを読ませて頂きました。以前コメント入れた時以降の分は、読むのがつらくて、どうしてもまだ読めていません。読むのを飛ばしてしまっているのにコメント入れてしまい、どうもすみません。私の父が亡くなって約半年、まだ「ダメ」なのかなぁと感じています。でももう少し落ち着いたら、イチローお父さんの事もお見送り出来る気持ちになると思うので、出来ればブログを完成させてもしばらくこのブログを残しておいて下さると嬉しいのですが。勝手なお願いでごめんなさいね。出来たらで構いません。
ところで、イチローお父さん、一度ご自宅に帰られたのですね。ホスピスではご病状以外に色々と家族が傷つく事が多いみたいで心が傷みましたが、最後はご自宅に帰られて家族水入らずの時間が持てたみたいでホッとしました。うちは自宅だったので、父が死ぬ前から葬儀場に送られるまでずっと四六時中ほとんど家族だけだったんですが、私は父を他人に触らせたくなくて死神のようにべったり張り付いてました。それが父にとって良かったのか悪かったのか。医師や看護婦さんは患者の側に立った医療をしてくれたように感じていましたが(当然ですが)、私は酸素濃度の調整とか麻薬の量やタイミングとかを素人感覚で控えめにし過ぎたかもしれなくて、それがもしかしたら最後に父を苦しめてしまったのかもしれないな…と、後悔しています。その点、ホスピスではプロがきめ細かくサポートしてくれそうですね。(まだ読んでいませんけど)
みいー。さんも色々思い出して感情が揺さぶられる事があると思いますが、お互いにがんばりましょうね。父から愛されていたという記憶はきっと、これからも自分を強くしてくれるんだと思います。みいー。さん、ブログ書いてくれてありがとう。(長くなってすみません。)
2014.05.28 23:02
ハヤシさま
こんにちは^^です。

ハヤシさま
「読むのを飛ばしてしまっているのにコメント入れてしまい、どうもすみません。」
だ、なんてe-330そんな事仰らないで下さいませっe-330
いいんですっ!いいんですよっ!私のブログなんぞ、どぉーでもいいんですっe-330
そんな事よりも、そのようなご心痛の中、お心遣いを頂いてしまった事、なんか逆にすみませんe-330
お父様を亡くされてまだ半年しか経たれてないんですもの・・・・・
私なんか、もう丸々2年以上経ってますけど、まだまだ全然ダメです!
ブログも泣きながら更新しているような始末ですから、ハヤシさまのご心中どれほどお辛き事かとお察し致します。

私もハヤシさまと同じです。専門の医師や看護師さんに診て頂いていながらも、自分や家族の見ている時でしか父を全て任せきる事は出来ませんでした。
なので、毎日姉と2人で寝ずの番をしておりました^^;
だから少なからずですが、ハヤシさまのお気持ちが分かるような気が致します。
勝手な憶測ではありますが・・・
お父様はハヤシさまのそのお気持ち、大変嬉しく思っておられたのではないでしょうか。

もう少しでブログも完結できると思うのですが、許されるなら少しの間はこのままにしておけたら・・・
そう思っております。
ハヤシさま、いつも「ブログ書いてくれて有難う」と仰って下さって、此方こそ有難うございます。
ハヤシさまの温かなお心遣いに、心から感謝申し上げますe-267
2014.05.29 15:59

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