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2014. . 10

偲ぶ会

6月10日(火) ※今日の日記は物凄く長いです

父がお世話になったホスピスでは、年に2回 「偲ぶ会」 と言うものが行われる。
その会の事は以前から ホタルちゃん に聞いていた。
私の自宅にも案内状は郵送されてきて、約束した通り 「参加」 するに〇をつけて返送した。
もうこの辺の記憶は定かでないが、確か・・・・・(一昨年の)9月?10月?頃に行われた気がする。
母や兄にも声をかけたのだが、2人共 「参加しない」 と言う事で、姉と2人で参加してみた^^

約、半年ぶり位に再会できるであろう看護師さんたち。
会に興味があって参加すると言うより、久しぶりに看護師さんたちとお会いしたいが為に病院へと出向く。
ホスピス病棟が入っている病院内で行われるのではなく、病院の真ん前にある建物で会は行われた。

まず、受付を済ませる時に ソーシャルワーカーのYさんとお会いする事が出来たのだが・・・・・
Yさんに 
「ご無沙汰しております。その節はお世話になりました!」 
と、お声をかけさせて頂いたのだが、Yさんは姉や私の事が直ぐには分からなかったようで
「あ、はい。お久しぶりです。・・・・・・・・・^^?」
てな感じで、暫く間をおいてから気付いてくれた。
「あっ!S崎さんじゃないですか!あの頃と随分と表情が違うので直ぐに分かりませんでしたよ~^^;
表情も随分と明るくなられて、とってもお元気そうですね・・・・・良かったです♪」
そう仰ってくれたのだが、自分達では分からないものの、お世話になっていたあの頃はそんなに表情が暗かったのだろうか^^?
・・・・・まぁ、だとしても、それは当然と言うか、致し方ないのだろうと思った。

建物内に入り、指定された席に着く。
ふと周りを見渡すと、参加された人数は、多分、遺族の方だけでも50~60人はいらっしゃったであろう。
そのご遺族たちが1テーブルに4人ずつ座り、同じテーブルに病棟関係者の方が1人着いてくれる。
姉や私の座った席は、やはり半年ほど前にお父様を亡くされた娘さんと、そのお母様が座られた。
そして病棟関係者の方は、看護師さんではなく ”若先生” がご一緒してくれた。

会の内容は、ここのホスピス病棟にて2年内に亡くなられた患者さんの遺族が集まり、お互いに当時の話や現在の苦悩を話し合い、少しでも悲しみを柔らげましょう(?)と言った趣旨。
病院長の話から始まり、ご遺族代表の方の話や、ホスピス病棟看護師の代表として ホタルちゃん の話。
その後、病院内看護師さんたちのコーラスや、おじいちゃん先生とピアノ伴奏の方の楽器の演奏などなど・・・・・
中でも、あまりのクオリティの高さに驚いたのは、看護師さんたちのコーラス。
ぶっちゃけ、歌を聞く前はそんなに期待もせず、逆に、目の前で歌われる事がこっぱずかしい気持ちだった。
だが、3曲ほど歌われたその歌声のあまりの素晴らしさに、ほとんどの方が涙するほど!
私も感動して泣きそうにはなったが、そこは捻くれ者の私。
周りの方のあまりの泣きっぷりを見ていると、素直に泣けなくなってしまった^^;
そして横目で隣を見ると、私の姉は予想に反して大号泣・・・・・なんて素直な人なんだ!と、ちょっと感心しつつも歌を聞き終った。

その後、約30分ほど、各テーブル内で様々な話をする時間が設けられた。
若先生や姉や私は、最初黙っていたのだが、ご一緒した娘さんが口を開いた。

お父様が何の癌で、どのような治療経過を辿り、ここのホスピスへ入所する事になったかの経緯。
ホスピスへ入所する前に通院していた病院。その中で負った心の傷。
もっと何か出来たであろうと後悔する言葉の数々。
そして娘さんの言葉に同調するように、お母様の方も口を開いた。
長年連れ添われた旦那様へ、妻として、もっと寄り添う事は出来なかったのか?
もっと遣れるべき事があったはずなのに・・・・・と、やはり後悔の念を言葉にされていた。
そして、娘さんも仰っていた事なのだが、ホスピスへ入所する前に通院していた病院や医師に対する、不信感を露わにする言葉の数々。
お2人共に涙を流され、悔しさや悲しさ、寂しさや後悔を次々にお話しされていた。

順番で・・・と言うか、話の成り行きから姉や私も父との事をお話しした。
なのだが、姉や私はこれと言って後悔の言葉は出てこなかった。
後悔の言葉が出ない・・・・と言う事は、単なる自己満足に過ぎないかも知れない。
本当はもっと遣るべき事や、遣れるべき事があったのかも知れない。
だが、それらを踏まえた上でも後悔の言葉は出てこなかった。
何故か?・・・それを考えてみる。
原因が1つだけで無い事は確かながらも、その娘さんたちは、お父様とお別れする時間があまりにも短すぎた。
長い、短い だけで計り知れない事は十分に分かっている。
だが、私たち家族には お別れする時間 が想像以上に長く与えられた事も要因の1つだと思う。
その事は本当に感謝すべき事なのだと、痛いほど感じた。

その後は若先生も口を開き、5人で様々な会話をしたのだが、若先生のお話しには酷く感銘を受けた。
私も父との事があったから 「何か人様のお役に立てるような仕事がしたい!」 と目標を掲げ、資格取得や勉強に励むようになった。
でも、現在はまだまだで、その目標には至っていない。
若先生は、まだ当時ホスピス医になりたての頃に、ここのホスピス病棟でご自分のお父様を看取られたそうだ。
その後、ホスピスに対する思い入れが一層強くなり、少しでもより良いものに出来るようご尽力しているご様子。
そして、それから僧侶の資格(?)を取り、法名もお取りになった。
元々、医師であったとは言え、やはりお父様の事をきっかけとして、高い目標を胸に掲げ励まれていると言う。


これは余談だが
おじいちゃん先生は、昔、海外でもバリバリとご活躍されていた外科医らしい。
だが、十数年前にご自分が癌を患った事で、今まで自分が携わってきた 「病院のあり方」 や 「医療のあり方」 また 「患者に接するあり方」 に疑問を持たれ、自分が癌を経験した事で余生のあり方を考え直し、ホスピス医となられたそうだ。


長いと思われた30分のフリートークの時間だったが、気が付けば あっ! と言う間に終わってしまった。
ご遺族の気持ちだけではなく、病院関係者の方の胸の内も沢山お聞きする事が出来た。
そして皆さんのお話を聞き、色々と考えさせられる。

当たり前だが、患者さんやご遺族の方も、人其々で皆違う。
自分の心に負った傷や悲しみも、また、その受け取り方も各々違う。
まだまだ傷心の真っただ中で苦しまれている方も沢山おられて、前を向く事も、先に進む事も出来ず苦しまれている。
会に参加されたご遺族の方々、大体の方はそのように見受けられた。


会も滞りなく終わり、昼食をはさんで午後からも何かあるらしかったが、姉と私は昼食も摂らず帰る事にした。
帰る間際、ホタルちゃんや会いたかった看護師さんたちにお会いする事が出来、お話しする事も出来た。
の・だが、その中に I 崎さんの姿はなかった。
その時に 「手紙」 の事を含め、I 崎さんの事を聞いてみたのだが、ホタルちゃん曰く、私たちがお世話になった翌月に、旦那様の都合で千葉に引っ越す事になり、病院を辞められたそうだ。
ホタルちゃんは
「その手紙を送ったのは、多分、 I 崎でしょう・・・・・
残念ながら I 崎はこの病院は辞めましたが、引っ越した先でも看護師は続けると言ってました。
この病院の時の様に、ホスピス病棟の看護師を続けたい!と言ってましたよ^^」
そう仰った。

私が手紙を貰った時には、既にここの病院は辞められていた I 崎さん。
現在はどこの病院におられるのかも分からない。
けど、今もどこかのホスピスで、私たち家族に寄り添ってくれたように、他の患者さんやご家族さまに寄り添ってくれておられるだろう。
2年以上経った今も、忘れず感謝している。
I 崎さん、病棟看護師さんや先生・・・
ソーシャルワーカーのYさんに、私たち家族に携わって下さった沢山の方々。

「次回の会にも是非、参加して下さいね^^」
と、看護師さんや若先生は仰ってくれた。
若先生は、今の私が資格取得の為に勉強をしている旨を話した事から
「そのような志があって、資格を取られたり勉強されているのなら、是非、ここの病院で共に働きましょう^^
何年でも待っていますよ♪」
そんな有難いお言葉もかけて下さった。
「次回も参加・・・・・」 そうは言われたが、姉がどう思ったかは分からないが、私は次回の会には参加する気持ちがなかった。

有難い事に私たち家族には、父とお別れするまでの時間が沢山あった。
「3カ月から半年。抗がん剤が上手くいって1年。」
その余命宣告を超え、丸々3年に亘って父と過ごす事が出来たし、大事な想い出も沢山貰う事が出来た。
そして、父が教えてくれた事で、自分が進むべき道?自分の目標?が見つかった気がする私。
父に会えないのは寂しいけど、悲しみにくれ、立ち止まっている時間はもう過ぎた。
この先は、目標に向かって邁進するだけ。
なので、偲ぶ会にはもう参加しない。
改めて目標に進む決心を自分の中で再確認し、そう決めた出来事だった。


長々と・・・最後まで読んで下さった方へ、有難うございました
次回の更新をもって、ブログを完結したいと思います。

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seabreeze
えっ?
次回で終わり?
みぃーさんとはずっとお話していたいのに・・・・・
でも、お父様のことは一区切り、
これから先はみぃーさんの生活が
大事なんですね。
お勉強もやらなければならないし、お仕事もあるんですね。
できたら、何らかの形で続けてくれると嬉しいな。
2014.06.10 22:21
seabreezeさま
こんにちは!です^^
いつも温かなお心遣いを有難うございます。

seabreezeさま、何とも有難いお言葉をお掛け下さり有難うございますe-267
はい、次回の更新をもちましてブログを完結したいと思っております。
自分で決めた事ながら、何とも名残惜しい気持ちではあるのですが・・・・・
ブログ開始当初に決めたように、父の最期までをちゃんと書き綴る事ができましたので、区切りと申しましょうか、自分の中でも けじめ をつける為に、このブログは完結する所存でございます^^;
そして目標として掲げた仕事に就けるよう、勉強を頑張りたいと思います!


seabreezeさま、長きに亘り、この様な駄ブログにお付き合い下さいました事、お礼申し上げます!
そして、いつも温かなお心遣いを下さり、お優しいコメントの数々を頂きました事、心より感謝申し上げます!
父の事を綴ったブログはここで完結致しますが・・・・・
また違ったカテゴリ―でブログを始めるかも^^?です。
その時は、またどうぞ宜しくお願い申し上げます!


「みぃーさんとはずっとお話していたいのに・・・・・ 」
「できたら、何らかの形で続けてくれると嬉しいな。」
     ↑
私なんぞにこの様なお言葉を・・・・・
とても嬉しいですe-259seabreezeさま、本当に有難うございましたe-267



2014.06.11 10:53
saru
いつもこっそり訪問していました。
一言。。。 感動しました。涙腺がとまりません。

今まで素晴らしい文章ありがとうございました。
2014.06.12 22:20
saruさま^^
こんにちは!です。

いつもこの様な駄ブログへお越し下さっていたなんて・・・・・
大変読み辛く、無駄に長い文章でお疲れになられたのではないでしょうか?
それなのに・・・

私なんぞのブログを読んで下さっただけでも感謝ですのに、そのように勿体無いようなお言葉までかけて下さって申し訳ない限りでございますe-330
そして本当に有難うございます!
saruさまから頂いたそのお言葉、私の宝物として頂戴したいと思います。
有難うございました!心より感謝申し上げますe-267
2014.06.13 14:25

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