--. . --

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010. . 30

姉の心配・父の憂鬱

父の退院を控え、家族で ”退院祝い兼・父の誕生日”を8月23日(日)に企画していた。
我が父、イチローは 8月26日生まれ この日で 73歳 を迎える。
告知を受けた時、一ヶ月先の未来は予想も出来ないでいた。
今でも先の予定は臨機応変・変えられる様に、あまり立てることはしないのだが、父の誕生日は無事に迎えることが出来そうで嬉しかった。
皆の予定で退院の翌々日(日)が善いだろうと決まったのだが、この頃姉はしきりに”代替療法”について話をしてきた。
”代替療法”と言っても、抗がん剤治療が出来るうちは勿論・抗がん剤治療は受ける。
姉がしきりに言ったのは 「フコイダン」「アガリスク」「プロポリス」なのだが、これなら抗がん剤を受けながら補助的にでも大丈夫だから!と。
姉は仕事の関係で、同じ”膵臓癌”と闘う人との接点が多くある。
その方たちに、善いと言われる物の話を聞き、購入を考えているとの事だった。
無論・決して安いものではない!
しかも一回飲めば効くという物ではないし、服用を続けなければ意味がない。
・・・そんな事は百も承知だが、効き目があるのならそれも覚悟の上だ!
私も知識として、その事は知っていた。
”癌に効き目がある”という湯治も視野に入れていたので、家族旅行を兼ねての温泉も考えていたのだが、断念せざる得なくなったのだ。

私は姉に賛同し、その事を父に話てみようと言う事になった。


2009年8月21日(金)父は無事に退院する事ができた。
この日は疲れていると思い、私は翌日話をしてみる事にした。

2009年8月22日(土)この日は珍しくIちゃんの仕事が休みだった為、共に実家に向かい”競馬中継”を父と観ながら私とIちゃんはお酒を呑んでいた。
そしてIちゃんと10年過ごした中で見た事が無いくらい、本当に珍しくIちゃんは泥酔してしまい、縁側でうずくまり寝てしまった。
夏とは言え、風邪をひいたら大変だと思いタオルケットを掛けて部屋に戻った。
父も母も「大丈夫なのか?」と共に心配してくれたが
「大丈夫でしょ!大丈夫じゃなくても、あんなデカイIちゃんを連れて帰れるわけないもんね!」と言い、Iちゃんの事は暫く放っておく事にした。(Iちゃんは細身なのだが、背がデカイ!)

そして私は姉の言っていた事を父に話し出した。
暫くは黙って聞いていた父だが、堰を切ったように話し出した。
「お父さんは、そんな物は要らない!抗がん剤も・もう受けなくていい!皆に迷惑と心配ばかりかけ、金まで沢山使わせて・・・どうせ死ぬんだから、もう・お父さんに金をかけなくていいっ!!!」と。

父は私たちが考えてる以上に、私たちに申し訳ないと思っていたようだ。
言いながら父は、泣いていた。
人前では泣かないと決めていた私だが、不覚にも私も泣いてしまった。

そして私は
「ふざけんなっ!何が金だっ!たかが金で助かる命を無駄にしてたまるかっ!そんな事で諦めてたまるかっ!
私だって貧乏だけど、助かるためにかかる金なら、いくらでも働いて・稼いでやるっ!だからそんな事は言うんじゃないっ!!!」
と、怒鳴ってしまった。
【長文の為続きます】

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村
    ↑
ランキングに参加させて貰っています!
お手数おかけしてすいませんが、
宜しければクリックをお願い致しますm(  )m
スポンサーサイト

comment

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://mie120.blog107.fc2.com/tb.php/56-7123adbc
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。