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2010. . 03

決断

A先生からの提案を受け、その夜は皆で話し合うことになった。

「そんな事言われてもなぁ・・・A先生が決められない事を、素人のお父さんがどうしたら善いかなんて、判る訳ないもんなぁ~。」
の言葉を連呼するばかりの父。
どんなに私たちが
「じゃぁ手術が出来るとしたら、父ちゃんは手術を受けてみたいと思う?
それとも手術中や術後の事を考えたら、受けたくないと思う?
そのどちらかしか、ないんだよ!
皆は、父ちゃんの希望を最優先に考えているんだから・・・」
と言っても、先の言葉を繰り返すだけであった。
暫く平行線を辿る・・・



告知を受けた時、父にはその様な”手術”という選択肢などなかった。
黄疸値を下げ一日も早く治療に入る事。
ただ・それだけしか方法がなかった。
”ステージⅢ”と聞いた時は手術が受けれるかもと喜んだ。
しかしそれは”ステージⅢでは末期の状態”ではないと思ったからだ。
が・現実は違い非情にも”限りなくⅣ-bに近いⅢ”であった。
治療が出来る事といえば、痛みの緩和・延命効果を期待した抗がん剤治療を受けること。
それだけしかなかったのだ。

しかし今は、その抗がん剤が功を奏し”もしかしたら手術が可能”という状況にいる。
・・・何だか、振り出しに戻ったような気がした。

元々の姉の意見はこうであった。

姉の旦那様(Kちゃん)の父親は膵臓癌で亡くなっている。
当時、膵臓癌を知ったお父さんは手術を希望していた。
しかし手術を希望するT大病院の病室が空いていなかった。
病室が空き、入院した時には既に手術は出来ない状態になっていた。
抗がん剤の副作用に苦しみ、癌の痛みと闘いながら息を引き取った。

その経緯を踏まえ、手術が可能であれば手術に掛けてみても善いのではないか。と、姉は言う。

兄・姉・私も術後の生存率も知っているし、危険を伴う長時間の手術である事も・術中に亡くなってしまう危険性がある事も、勿論判っている。
無事に手術が出来たとしても、手術したが為のリスクも承知しているし、予後も見通しが善いものではないと判っていた。
かといって今は効を奏している”抗がん剤”だって、いづれは効かなくなってくるだろう。

兄と私の意見は、姉とは違っていた。
父が上記の事を全て覚悟の上で手術を望むのなら、勿論反対はしない。
しかし父は、自分では決められないと言う。
ならば今以上の苦痛をこれ以上、父に味わって欲しくなど無い。したがって手術は望まない。
手術が出来る・出来ない以前に、手術を望まない為、その様な検査など受ける必要はないと判断していた。


再度父に問いかけた。
「父ちゃんはどうしたいの?」
その問いかけに今度は応えた。
「手術をして完全に治るのならともかく、そうでないのなら手術は嫌だ。
入院をする事無く、家から通える抗がん剤のほうが善い。
だけど今みたいに食事もとれず、辛いのも嫌だ・・・」

父のこの言葉で私たちの考えは決まった。
”手術は受けない、抗がん剤が効を奏してくれているうちは抗がん剤を続ける。
従ってA先生の提案してくれた検査も受けない”


次回の10月14日の診察時に、その旨をA先生に伝えよう。

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